荻野富士夫


仮想・多喜二宛田口タキの返信

入学したばかりの1年生を対象とした「基礎ゼミ」 という前期の授業で、数年来『小林多喜二の手紙』(岩波文庫)を読んでいる。2015年度は昼間コース15名と夜間主コース7名の2クラスを担当し た。受講生たちには「日本のどの読者よりも多喜二に身近な場所で、多喜二と同じ風と空気を感じることができる」と強引な動機づけをしたうえで(6月には旭展望台の多喜二文学碑まで散歩する)、まず 小樽高商時代の石本武明・西丘はくあ宛の手紙から読みはじめ、等身大のごく普通の悩み多く、茶目っ気のある青年だった多喜二と出会う。
その後、田口タキ宛の手紙23通の読み解きを中心にすえ、「タキちゃん」から「おまえ」、そして「君」 へと呼びかけの変化に注目しながら、2人の関係の 変容ぶりを追っていく。おそらく現代では手紙によるラブレターを書く経験をあまりもたない20歳前の受講生にとって、次第に自らを多喜二やタキに重ね合わせながら、さまざまに読み解き、微細な心の動きや揺れをたどっていくことは、新鮮な驚きを伴う。毎年、新たなユニークな読み方を示されてハッとすることも多い。
そこで2年前から受講生に、今では失われてしま った多喜二宛のタキの返信を、タキになりかわって 創作する課題を課すことにした(もう1つの選択課 題は『蟹工船』の読後感)。多喜二のタキ宛手紙をすべて読み終え、2人の関係性を全体的に把握したうえで、それぞれ自由にいずれかのタキ宛手紙に対する返信を仮想的に創作することを求めた。その結 果は予想を超えてみごとにタキになりかわっての多様多彩なラブレターとなっており、現代の青年の感受性と表現力の豊かさに感心した。私1人で味わうのはもったいないので、そのいくつかを紹介したいと思う。
やはり多くの受講生が仮想創作を試みたのは、冒頭の「闇があるから光がある」で印象的なタキ宛の 最初の手紙(1925年3月2日)への返信である。 この言葉に対応して、たとえば次のように書きはじめられる。
あなた様のこの言葉を目で追ったとき、心の中に 小さな火が灯ったようにほんのりと明るくなった 心地がいたしました。同時に今の境遇を嘆き、私という存在の罪深さ、汚らわしさなどについて悶々と考えてばかりいた自分を情けなく思いました。幸福というものが不幸の片方にあるという言葉もまた、胸に響きました。確かに今の私は幸福であるとは決して言えません。終わりの見えない苦しみの中で絶望しかけながら、あなた様という存在によってようやく生かされている状況です。あなた様にこれ以上のご迷惑をおかけすることも非常に心苦しく、消えてしまいたくなることさえあります。しかし、今を足掻きながら、もがきながら生き抜くことで、あなた様との幸せが叶うのならば、私はどんなことにも耐えられるでしょう。
まだ「あなた様」と距離を置いているが、多喜二 の手紙はタキの心に「小さな火」を灯すと同時に、 自らの置かれた境遇への直視と「足掻きながら、もがきながら生き抜くこと」を決意させたとみる。別の受講者も「まさに私のような境遇の者にふさわし い言葉だと思います。私は今、とても暗い闇の中に います。光など見える気がいたしません。然し、あ なたの言うとおりならば、今のつらい生活は、これからの幸せな生活のためにあるのですね。そう思えば、どんなに苦しいことも、乗りこえられる気がします」、「貴方の言うことが本当で、私が今苦しみの中にいるのだとしたら、きっといつか明るい世界が 見えてくるでしょうね。/貴方の言葉は胸に染み入るようで、心の支えになります」と前向きになった タキの心中を想像する。
その一方でこの言葉を「私が理解することは少々困難なことであるかのように思います。そもそも私は、不幸なのでしょうか。不幸であるかどうかさえも私にはよく分らないのです」と多喜二の思いを素直に受けとれなかったのではないか、という推測もなされる。それでも、この返信は「多喜二さんと出会って、新しい世界への好奇心というものに少しずつ目覚めてきました」とつづく。
大館出身の縁で多喜二を読むゼミに参加したという受講生は、次のように返信を書く。
闇があるから光がある。どんな素敵な言葉なのでしょうか。手紙の言葉達が嬉しくて、愛しくて、たまりませんでした。(略)何度頂いた手紙を読んだのかわかりません。今の私の原動力は「闇があるから光がある」ではじまるこの手紙です。はじめてあなたにあった時、自分のことのように私の話を聞いてくれて、怖いものなどなにもなくなる、そんな気持ちにさせてくれたあなたに、私は惹かれてました。こんなに私のことを気にかけてくれた人はいままでいませんでした。私は決して一人ではないのですね。
多喜二との最初の出会いに思いを巡らし、「決して一人ではない」と光明を実感し、何度も手紙を読み返すタキの姿を想像している。
この3月2日の手紙で多喜二が「瀧ちゃんの借金は幾らあるんだ」と尋ねたことに対するタキの反応については、二様の解釈がなされた。「およそ500円ほど」と具体的な金額を伝えたとする見方 と、「借金の話は少し控えようと思います」という見方である。また、結びの「私のもっとも愛してい る瀧ちゃんへ」に対応させて、返信を「私の最も信頼する多喜二さんへ」、「私の理解者多喜二さんへ」、「とても親切な多喜二さんへ」などと結んでいる。
啄木の歌を紹介して歌作を勧めた27年2月15日の手紙の仮想返信では、「啄木の初恋は身に染みてくるものがあります」として、啄木の歌を引用す る。英文の単語を交えて多喜二が「ボツボツ覚えて行ったらいい」と書き送った手紙(27年2月)へ の仮想返信には、タキも「letter」や「sentenc」、 「Excuse me」などの単語を用いている。
地下潜行中の多喜二がタキの家を訪れ、置手紙とした331月と推測される絵はがきへの仮想返信には、「あなたが置手紙をするのはこれが初めてですから、なんだか不思議な感じはいたします。まるでもうあえないような……いえ、それは私の気のせいですね、きっと」とある。これも含めて複数の仮想返信を書いた受講生が思い描いたタキ像を、最後に紹介したい。
手紙を想像して書く、というのは非常に難しかっ た。田口瀧子の人物像は多喜二の手紙からしか把握できていないため、この手紙は田口瀧子から、というよりは、「多喜二のなかのタキ」からの手紙といえよう。私が講義を通して想像したタキの人物像は、「奥ゆかしいが芯の通った女性」である。多喜二に心配をかけまいとし、逆に多喜二を心配している。 多喜二に恋愛感情だけでなく、友愛、親愛など様々な愛の形をもって接している。そのような女性であると感じた。
おぎのふじお:小樽商科大学教授。記録第3集『小林多喜二・生地からの発信』に「仮想・多喜二宛田ロタキの返信」、「『一九二八年三月十五日』-なぜ虐殺されたのか」を執筆。編著書に「闇があるから光がある-新時代を拓く小林多喜二」(2014)
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