ノーマ・フィールド


思想に血を通わせた―多喜二の恋人「タキちゃん」のこと

大館市生まれの作家小林多喜二が生涯思いを寄せた女性、田口(旧姓)タキさんが6月19日死去していたことが本紙で報じられ、以後全国紙でも取り上げられた。享年101。1933年、29歳の 多喜二が思想犯として築地署で拷問死を遂げてから76年たっている。
ふたりの出会いはタキ16歳、多喜二21歳のときで、多喜二が北海道拓殖銀行小樽支店に勤務して半年後だった。美ぼうで評判の彼女に興味をそそられた若い多喜二は彼女が働く銘酒屋を訪れ、美しさとともに気質に魅了された。
タキを愛することは多喜二の生涯にとって決定的 だった。出会ったとき、タキはすでに生活に行き詰まった父によって小樽から遠く室蘭に売り飛ばされ、その父の死去に際して小樽の店に転売されていた。
  多喜二自身貧しい出自とはいえ、成功した伯父の援助を受けて小樽高等商業学校を卒業し、姉妹も女学校に進むことができたが、小学校で優秀な成績を収めたタキには進学の道など想像もできなかった。タキとその一家を通じて、貧困が女児に身売りを迫る構図に多喜二は直面し、以後、作家としても、女性の性と経済と運動とのかかわりを主要な課題として引き受けることになる。
  タキが多喜二に寄せたことばは伝えられていないため、若い恋人たちの様子を知るには多喜二の日記と書簡によるしかない。幸い現存するタキあて書簡23通はすべて最近刊行された『小林多喜二の手 紙』(荻野富士夫編、岩波文庫)で容易に読むことができる。そこには「タキちゃん」に会えてはしゃぐ多喜二、短歌や英語を教え込もうとする多喜二、文学観や思想を共有してもらおうと一生懸命説く多喜二の姿があり、それらに喜び、また戸惑うタキも察せられる。
  いつも熱い励ましの言葉を送る多喜二だが、そのむなしさも痛感するようになる。「闇があるから光がある」という手紙の文句はしばしば引用されるが、 彼女とその一家を知れば知るほど、「(小説のなかで彼女たちに)救いを出そうとすると……うそのように思われる」と日記に告白する。多額の借金をしてボーナスと合わせてタキの身請けを実施するものの、それすらいかに救済として不十分か理解せざるを得ない。社会主義に向かう道程で、これはたいそう重要な認識だ。
  小作争議を支援する労働者の様子を間近にして興奮ほとばしる手紙を立て続けにタキに送るが、それは彼女の関心事とも思えない課題を共有してほしいだけでなく、彼女が抱える問題と労働者農民の苦悩 が地続きであることを察知していたからだろう。タキちゃんを知ることによって小作争議の感じ方も違ってくるし、労農共闘の姿を見て、タキちゃん個人の問題が構造的にとらえられる。しかも、社会科学 の勉強とは違った次元で。だからこそ、「頭から」ではなく、「胸の奥底から」の社会主義を目指す自分をタキに訴えるのである。   さて、タキの多喜二への影響は強力でありながら、消極的な、身近に存在している、というものだったろうか。そうとは思えない。タキは3度多喜二の元を去っている。身請けされた後、実家に戻るが、また売りとばされかねないため、小林家に同居する。数ヵ月後、自立を求めて家出。小樽に戻ってから、自活しながら交際は続くが、また姿を消し、2年間の空白が生じる。3度目はふたりが上京した翌年、多喜二との結婚を断念したとき。弟妹や母親に対する家長的責任を背負っていた。
愛する女性が自分から離れて行かざるを得ない状況がいかに多喜二の思想と実践に刺激的であったか、 その後の創作、特に新聞小説「新女性気質」(改題「安子」)などが克明に示している。その後多喜二は 運動を通して伊藤ふじ子(結婚して森熊姓)という女性と知り合い、結ばれることになる。だからといってーこれも書簡が明らかにしているがータキのことを忘れたわけではない。つかの間であれ、多喜二はふたりの優れた女性と生活をともにすることができたのだ。ことし秋に上演された井上ひさしの芝居 『組曲虐殺』ではタキとふじ子のかかわりが想像され、見事に描き出されている。(タキについては澤地久枝著『わが人生の案内人』が、ふじ子については同氏の『完本・昭和史の女』が詳しい)
  多喜二の死後も、タキは彼の母や姉弟と交流があり、彼の思い出に敬意を払い続けたようである。戦後は結婚し、ようやく安定した家庭生活を営むことができた。このたび死去が報じられて、世間は初めてこの慎ましやかで気丈な女性が生きながらえていた事実を知ったのである。この事実は驚きだけでなく、不思議な思いを引き起こしているようだ。タキさんは蟹工船ブームを知り得たのか……。多喜二も生きながらえていたら……。それにしても、私たちは一体この間なにをしてきたのだろう……、などと。
Norma Field :1947年生まれ。米シカゴ大名誉教授(日本文学)。著書に『小林多喜二-21世紀にどう読むか』(岩波新書)ほか。1994年刊の『天皇の逝く国で』が日中韓などの編集者により「東アジアの100冊」に選ばれた。2016年1月、13年かけて『尊厳、正義、そして革命のために日本プロレタリア文学選集』(ヘザー・ボウエン=ストライク、ノーマ・フィー ルド編)をシカゴ大学出版会から刊行(表紙デザイン・村山知義)。シカゴ住

のーまふぃーるど:1947年東京に生まれる。1965年渡米。1983年ブリッジストン大学、大学院博士課程修了。米シカゴ大名誉教授、日本文学専攻。小樽市在住のちシカゴ住。記録第3集『小林多喜二・生地からの発信』に「思想に血を通わせた-多喜二の恋人『タキちゃん』のこと」を執筆。著書に著書に『小林多喜二-21世紀にどう読むか』(岩波新書)ほか。編著書に『尊厳、正義、そして革命のために日本プロレタリア文学選集』(ヘザー・ボウエン=ストライク、ノーマ・フィー ルド編・シカゴ大学出版会)
inserted by FC2 system inserted by FC2 system