浅野寒風


防風林」が好き
小林多喜二が虐殺された昭和8年2月20日の後に、秋田師範を受験したが、10倍近い応募者で見事に落ち、翌年秋田工業の電気科に入学、2年生の時に、3つ年上の同級生から「蟹工船」を見せてもらった。伏字ばかり多い、四六判の本であったが、教科書のかげにかくして、授業中にも読んだ。16歳の少年の心臓が大いに興奮したことを今も忘れません。
第17回の秋田県多喜二祭で。前年出版した第一歌集「野火」が多喜二祭賞を受賞し、以後、多喜二祭賞の選考委員をつとめて参りました。
多喜二の作品は、昔発行された全集を購入して読みましたが、私の好きな作品を一つあげると、彼の人間性が最も滲みでている「防風林」です。これは多喜二が、25歳の暮から26歳の春にかけて書いたもので、「ナウカ社」発行の「社会評論」昭和22年12月号と、23年1月号の2回に連載されたものを読みました。「防風林」は未定稿で、(北海道に捧ぐ)と傍書されてあり、連載の終りに手塚英孝氏のあとがきとして、
「『防風林』は『三・一五』や『東倶知安行』の直前に書かれたものであり、多喜二の作家的道程において、画期的な意味をもつ労作である」と書かれてあります。
あさのかんぷう:<『読本・秋田と小林多喜二』(2001・「秋田と小林多喜二」刊行会)203p。著者は、歌人。第17回多喜二祭で多喜二祭賞を受賞。多喜二祭賞選考委員。秋田市土崎港>
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