花岡泰順


私と多喜二祭
私と多喜二祭とのかかわりは、私と民主文学との関わりの中にある。何時ごろからであるかは記憶がもう定かでないが……。
「秋田民主文学」が「民主文学」と呼称しないで「秋田の文化」というような呼び方であった頃、私はこの運動に加わっている。鈴木清さん、横手の和泉さん達の呼び掛けに応じて私は民文に加わった。そして数年経って、多喜二祭は文学運動として行うべきだと言うような主張の中で、民文が中心となることが決まってから、当然のように、私も加わったように思う。
そして何人目かの「多喜二祭賞」にも選ばれたが、これは私にとって思い出深い著書である『土崎空襲の記録』が秋田文化出版社から出版された数年後なので、感慨深いものがあったことを覚えている。
多喜二については、その文学を読む以前に、彼の死については、亡兄泰雲、戦前に渡りあっただけにその死の何年も後にこうして関わり合うことになったのは特に感慨無量な思いがある。多喜二は文学をやって敵に殺されたのである。敵は天皇制であり、従って天皇制に殺されたという事実は、歴史の中に位置している事実であることを私はわすれてはならぬことと思う。私も勿論忘れていない。以上。
はなおかたいじゅん:『読本・秋田と小林多喜二』213pに収録。第22回秋田県多喜二祭で「多喜二賞」を受賞。日本民主主義文学会会員。秋田市将軍南。著書に「土崎空襲の記録」(秋田文化出版社1983)
inserted by FC2 system inserted by FC2 system