押切順三


多喜二は兵士であった

多喜二は兵士であった
暖炉まえでの議論を、書斎での思索も避けて
夜の街に立った。
闇を
見透かして走った。
緊張でふるえた、
判断し
決断する
一人の兵士であった。
<防風林>で、
雪と風圧に耐えて
一歩、前に進んだ、
つぎの一歩を。


多喜二は兵士の道をえらんだ。
兵士は行動する、
直視し確かめる、
出口も、入口も、
そこでみつけることができる。
探っていく。

多喜二は、
兵士として死んだ。
多喜二は兵士であったから殺された。

多喜二は言う。
<文章は、一つの海綿であって、
 作者の心理・感情が
 たっぷりと、浸っているものだ、
<それは、
プロレタリヤ的な
 単純な生き生きした生活と行動から
 生まれる、と
それは
命令し支配し
上に立つ、ものからではない、
うわずみではない
底の澱の、どろどろの、
そこで、
発酵しているものだ。

多喜二は、
見下ろす目をもたなかった。
底辺の、
兵の視線で
水平に、
ものをみた。

多喜二は、
行動し闘った。
暗い時間の向うで、
髪の毛も、顔の傷も
燐光を放って、
多喜二は、
かあっと
目をひらいている。


おしきりじゅんぞう:『秋田県多喜二祭の記録1962-1983』56~59pに収載。第17回多喜二祭で朗読。著者は、1918年雄勝町生まれ。1999.7.3歿(享年80)。第31回多喜二祭で多喜二祭賞を受賞。秋田県農業会、秋田県厚生農業協同組合連合会、会長室広報部勤務。1988年秋田県農村医学会特別功労賞。北方自由詩人集団。「元西中学校校歌」作詞。著書に、詩集『大監獄』(秋田文化出版社)、詩集『斜坑』(たいまつ社)、自筆詩集『沈丁花』(秋田文化出版社1971)、詩集『祝婚歌』(秋田豆ほんこの会)、『押切順三全詩集』(1977たいまつ社・第21回農民学賞)、共編『雪国の詩』(秋田文化出版社)、小詩集『秋の戦争』、小詩集『山吹』(私家版)、『中風宣言』(私家版)、私家版の小詩集『かっこう』・『背嚢』・『あのうた』・『ポポーの木の下で』・『居住区』、『押切順三手づくり詩集・全』(秋田文化出版2005)
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